2005-09-10 00:30:35
レッツ、連鎖三角棒。(というか、ぶんぶんばり) [ 武器術探訪 ]
今日の公武堂。発見と連鎖三角棒への着想。の、つづき。
さて公武堂で、1本が60センチの三節棍を発見したわけですが、60センチって「ぶんぶんばり」と同じなので、真ん中の棒を鎖に換えれば行けるんじゃないか、と思う次第。
ぶんぶんばり。
名前が奇妙すぎるこの「相生道独特」の武器ですが、いま伝わっている一番基本のものは、佐々木師範の手製です。特殊な金具で鎖を固定しているので、なかなか同じものが作れずにいるわけです。
いま南山大にある2組は、ひとつは僕が作ったもので、もうひとつは多摩美監督が製作されたものを、御本人から南山の部宛に、いただいた次第です。
2組あれば既に充分かなぁと思いもするのですが、僕が作ったやつが武器としては色々欠陥ありますゆえに。
僕が作った武器は、ホームセンターのアイテムズです。
鉄パイプに木質材料を圧着してあるので、中が空洞&外が木材。そのため「鎖を通す」「武器として危険すぎない」という2つの目的を果たせる次第。
しかし、末端の固定に金具を使ってあったりするのですが、この末端は相手と当たるところだったりするので、ここが金属であるのは危険きわまりないです。
かつ、じゃらじゃらと伸びるようになっていまして。(要は、末端の金具が固定されていないので、振ると出てくる。)
……そうすると、まるで棒の先に分銅鎖がついたような状態に。
まるで、それを意図して作った武器みたいじゃないですか。
……意図せずそうなったものの、それが面白かったので、金具を固定する方法を無理に考えなかった、ということもありますm(_ _)m
で、もし棒(鉄パイプ)2本が、ネジなどで連結できたら、ちょうど120cmの棒と、分銅鎖をつなげたものになります。
おお。尺道棒術!
※他の流派だと、契木(ちぎりき/乳切木)術とかの名称のアレですかね。
……ま、そのように使えるのはいいとして、(←いいのか?)
本来は違いますので、ちゃんとしたやつが欲しい次第。
加えて、鉄パイプ+木質材料は、武器用ではないので、稽古するたびに、どんどん表面がボコボコになっていく次第。まあ既に充分ボコボコで、これ以上減らないぐらい圧縮されていますが。
あと、振り回すには太すぎるんですよね。直径が。
まあ武器は本来使用者の体格に合わせて作るものだったりするので、
棒術の「六尺棒」も、たとえば身長180cmの人が使うのでは短すぎるのです。
(戦国時代、江戸時代の日本人の身長とかの話は、またいずれ)
あの棒の術を生かすには、身長より若干プラスでないと本来の効果が発揮されないのではないか、と思います。
ま、そんなこんなで、
売っていた三節棍は棍の断面が六角形で、師範お手製のものは丸棒なので、ぶんぶんばりの術理を生かすには丸棒でないといけない、のかもしれない、ので困るところです。
断面の形状なんて細かいことじゃないか、と思われるかもしれませんが、たとえば木刀の柄の断面が真円だったら、剣術は非常にやりづらくなります。
そういったことから類推して、これについても「ひょっとしたら影響あるかも」と考えるわけです。
あと、師範のものに比べると、全体に細くなりますね。
うーむ。太すぎと細すぎ。ちょうどよいものはないものでしょうか。
(あの金具と、加工法を再現できればいいんですが、プロの技なので。……どこか、そういうお店に依頼しますかね。)
※それから、三節棍から「ぶんぶんばり」を作ると、棍が1本余るわけです。
……勿体ないんですけれど、あるいは三節棍を2つ買えば、ぶんぶんばりが3組できますよ!?
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2005-09-09 23:55:54
今日の公武堂。発見と連鎖三角棒への着想。 [ 武器術探訪 ]
さてさて本日は、所用あって昼頃に大須を通ったり。
で、例のお店に寄ったわけです。公武堂。本来の店舗は改装中(というか、一旦ぶっこわしてビルを建て直し中)なので、一本入ったところにある仮店舗へ。
で、みつけました。三節棍。
僕「これの、棒が二本のやつないですか?」(←あるわけないじゃん)
店員さん「つまりヌンチャクですか?」
僕「えぇ、まあ。でも一本の長さが60センチあるタイプで。巨大なヌンチャクのような。」
店員さん「それはないですねぇ。」
帰り際にレジのところのガラスケース(手裏剣とかあるところ)のところで、
「ついでに手裏剣とか十手とかも探してるんですが」
と剣呑な一言。
手裏剣については
僕「棒手裏剣。ここに並んでるのとちがって、四角錐の」
店員さん「長さはこれぐらいですか?」
僕「いや、もっと長くて、14センチぐらい」
店員さん「そんなに長いのはないですねぇ」
しかも、もっと重い。(鉄塊だし)
十手も、一種類ありました。
でもこれも、もっと大きい奴でないといかんのですな。(たぶん。まだサイズについて調べていないので下見なのだけれど、あったのは恐らく「普通」のサイズ)
そう、鉤のところに指を入れて回せるぐらい。
……ワケのわからぬもの(というより、普通より巨大な武器)ばかり探しているな僕は! (汗)
まあそれはさておき、どうして三節棍に目を奪われたか、について。(既に上で少し書いていますが)
当然ながら3本の棒(棍)を紐で繋いだ武器ですが、それぞれが38センチのものとか46センチ(だっけな)のものとか、あったわけですが、一番長いのは60センチ、でした。
……2尺? これって「ぶんぶんばり」の長さじゃないですか。
三節棍とかヌンチャクとかは、端に紐を通す特殊な孔(穴)が空いているので、これを使ってぶんぶんばりが作れそうな気配を感じた次第です。
樫の木で出来てるので、遠慮無く振り回せるので素敵です。ぶつけても大丈夫。
真ん中の棒を、鎖に換えれば……。
意味あるかも。
(つづく)
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2005-09-08 23:52:44
静かに丹田。通して、前後の動き。そして、いと高きところを蹴るには? [ 今日の稽古2005 ]
木曜の稽古についてメモ。
今日は18:30に職場を脱出する算段が、いろいろあって35分遅延。道場に着いたら終わってるわけです。ぎゃふん。
ま、それでも受身をイロイロとか、あとは残る人がいたので「取り崩し技」。
引き/押し、両方とも、単に押したり引いたりしてるワケじゃないんですよ。
精妙な動作が含まれていて、単に引っ掛ける感じで操作するのではなく、他の3種と同様に「動いてしまう」感覚。
それは丹田の力でもあります。
あと今日は、独りで蹴ったり。
いま研究中なんですが、伏せ蹴りと立ち蹴りを巧くつなげるメソッドについて。自分の身体で人体実験。
これ、灰キック(←誤字)が蹴れるようになる気がしてきました。
発見はいつも楽しい。
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2005-09-07 22:27:07
五行説が「仏教由来」である理由 [ 相生道研究 ]
相生道の名の由来は、「五行相生」と「相互に生かす、生きる道(←少々語弊がありますが)」の両方の含意があると言いますが、前者のほうは、いわゆる中国の諸子百家の五行説から来ているものと、僕は考えてきました。それは間違いではないわけですが、武道史という観点からは不充分でもあります。
以前より、上の方からは「五行相生」(これ、「そうせい」ではなく「そうしょう」と読みます)は「仏教思想」であると教わってきました。
中途半端に知識のある僕は「なんで仏教思想なんだろう。五行説は仏教じゃないし」と思っていました(し、そのように喋ったこともあるように思います)。
けれどそれは武道史をきちんとひもとけば、けっこう容易に分かることのようでもあります。
日本の武道は、仏教……それも密教とか、禅とかの思想の影響を大きく受けています。武道の世界のミニマリズム(必要最小限の要素によって物事を構成しようとする様式)的な性質は、一般にはそういった影響と言われています。
古武術の本を開いていましたらば、「密教思想」とかいって「五行相生」が紹介されていました。
「あらら」とか「なるほど」とか、そういった感情がグルグル巡りまして。
こういった中国系の思想は、古武術が発祥・発展する時代に、密教に伴って入ってきたらしく、本来の諸子百家の五行思想とは若干異なる側面を持っている可能性があります。
五行思想の五つの元素は「木火土金水」で、
密教思想の五つの元素は「地水火風空」だそうです。これは「密教思想の」というよりは、インドの五元素世界観のようですが。
「地水火風空」は、仏塔とかの中に表現されているそうです。基礎のところは「地」で、順次上にたどっていって、一番上が「空」。
その、インドで発生したころより、「地水火風空」は人体に対応するものと考えられていた(と先日読んだ)とのことで、当然ながら足が地、頭部が空なわけで。
そうすると五輪の塔と人体を五という数字でくくって共通項を見るとか、五行による世界生成の理念と進化発展の理をそれに対応させるとかは、近現代に入ってから考えられたというよりは、古流柔術諸流派が形成される段階から、それぞれの基礎基盤の中に在った、と言えるのかもしれません。
五行相生の思想はもちろん無闘流が生み出したものではないのは自明のことですが、他の流派でもこれを理のひとつとして持っている、その中で、現代武道化する際に、武道名のひとつの由来として掲げたわけですが、そのことが無闘流・相生道のひとつの特質なのかもしれません。
そのため、相生道でいう「相生道という名は、ひとつには仏教思想由来」というのは、そういった意味あいでのことなのだと言えるでしょう。
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2005-09-06 23:52:02
道場10分。 [ 今日の稽古2005 ]
今日は道場に十分いました。
と書くと「じゅうぶん居た」ように読めますが「10分」。
まあ、締めた後も居ましたが。
稽古に関する特記事項は無し。(というか、書く材料がない)
メモ:土曜は総監督がいらっしゃいます。
あと、最近の話題といったら台風。
それから、負傷時の稽古方法について考える必要がありそう。
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2005-09-05 23:44:12
備え技の名前の字。それから諸手レ字備えについて余談 [ 相生道研究 ]
相生道の技の名前はいろいろと面白かったりします。発音が訛っていたりすることもありますが、形態・動作と、技名のつながりですね。
古流武術の技……というよりも型(形)の名前は、名前を見ただけでは意味不明なものが多かったりします。けれどそれは「表面的には」というだけで、実際深く理解すると「あぁ、なるほど」となったりするわけで。
無闘流はその中で、もともと比較的理解しやすいものだと思います。もっともこれは近世に整備されたものなのかもしれませんし、ひょっとしたら対外的な名前と、稽古用の名前が異なっていたんじゃないかなぁ、と想像している昨今です。(その内容と理由については今回は省略します。まあ、あくまでも現時点の僕の想像なのでたいした内容ではありません)
ただし、門外の僕から見て「形と名称がきわめて違うなぁ」と思う居合の形とかは結構あります。それは同門にとっては迷うべくもないことかもしれませんし、ひょっとしたら地方の流儀と、全国展開するような流儀ではいろいろ異なるのかもしれません。
さて今回は備え技の名前から。
相生道の技名は、術技の形態と動作から名付けられているわけですが、基本的に備え技は形態にさえ注目すれば良いように思えます。
一字と一文字。これは似た他の技です。
これはその形態だけでなく、使用目的が異なります。狭義の「備え」=最終防御と、「用心受け」としての備え技ですね。
なぜ「一字」が(基本的に)頭部の最終防御で、「一文字」が(基本的に)正中線の用心受けなのかは未だ分かりませんが、おそらく日本語や日本文化の勉強をしていけば、次第に分かってくるのではないかと考えています。別エントリで触れる「五行説が『仏教由来』である理由」などを見ていくと、そのように思える次第です。
卍字備えは、本来「卍」だけで「まんじ」と読みますので「字」の字は不要なわけですが、相生道では、これを付けて表記します。「まんじじ」ではありません。
文部科学省が何と言おうが、日本語の表記ってのは結構揺らぎが多くて、曖昧なものです。
まして武道のものですので、歴史的経緯を内包していたりします。
卍はもともと仏教に由来し、「万」の意味の記号だそうで、そのため「万の字」すなわち「万字(まんじ)」になったそうで。
で、卍字備えには10000の動きが内包されている……わけではなく、これは単に「卍」の字形と、術技の形態が類似しているからのようです。
この技は「最終防御」と「用心受け」の両方の使途に応じた形態がありますが、南山では前者しかやってませんね……(僕や、近い年代の人がこちらしか習っていないため。……というより、その上の世代から、ですね)
ちなみに卍は、いちおう「漢字」です。
丁字備えは、人によっては「てぃーじ」に近い発音がされていたり。でも決して「T字」ではないのですが、きわめて乱暴に言えば、ある意味では同じとも言えるでしょう。
また大修館書店の漢字のサイトにリンクを張るのですが、これを見て頂くと面白いかなぁと思います。http://www.taishukan.co.jp/kanji/qa_mean2.html#Q2094
いま我々が「T字路」と呼んでいるものは、かつては「丁字路」と呼ばれていたように、昨今丁字はT字に駆逐されつつあるわけです。
文字コードとしては異なる場所にマッピングされているわけですが、大袈裟に言えば「Tという字形は、ラテン・アルファベットにおいては《ティー》、漢字においては《てい》の字である」とも言えるわけです。
単なる横棒は、場合によって漢数字の一、音引き(長音記号)、ダーシ(欧文の区切り文字)などなど、千変万化です。
(……これは面白い話がいろいろあるのですが、話題として逸れますので、このあたりで打ち止め。僕が他のところで書いているので、探してみてください)
だから、ある意味では「丁字」は「T字」なのです。
「T字」が「丁字」なのだと言ったほうが適切でしょうけれどね。
ちなみに丁字は、僕の理解の範疇では、「形態から見る限り、基本的に『用心受け』」です。けれど最終防御に使ったりするわけで。
十字備え。
これも形態からですね。
そして胴体と腕で十字、なのではなく、腕と腕が交差する様子から、です。
なので、二本の腕を水平にしているのは、基本的に△の模様。まあ、細かいことよりも「自らの身を護れること」のほうが大事なわけですが。
ちなみに、上段の十字備えというのがあるということを、05年夏合宿で初めて知りました。
上段中段(下段?)とも、これは基本的に最終防御でしょう。
レ字備えは、なぜかカタカナ。
……ひょっとして、カナのレに似た漢字があるのでしょうか。(たぶん無い)
「レ」の字に似た形態の術技
『う』を補う例の発音の法則と類似のことでしょうか、これを相生道では「れいじ」と発音していますね。
最終防御。かなり「本能動作」ですね。
衝立備えには、「かいば備え」という別名があるようです。
最初は、コピーさせていただいたノートを見て「かいば備えってなんじゃい。まだ習ってないなぁ」となむ思ったりしていたのですが。
しかし、表記は不明です。はてさて。
そしてこの技は、基本的には脚が要諦。手の動作は必要条件ではないとのこと。 かいば……海馬? 飼葉?
上半身の備え技が、どれも漢字・カナの一字を以て様態を描写する技名になっているのに、下半身の1つだけは(異名も含めて)まったく異なっています。
これにもなにか理由があるのではないかと思いますが、依然として真相は闇の中、です。
なお、用心受けは、なにも「敵の攻撃が来たとき/下がるとき」ではなくて、むしろ「前に出るとき」に使ったりするわけです。ある意味、構えと連続性を持っている、とも言えましょうか。
あとは「構えを変えるとき」ですね。
現代相生道ではあまり教えていませんが、無闘流的は構えの切り換えには必ず備え(用心受け)を伴ったわけでして。
構え(安定した状態)から構えに移るときは、格闘的に不安定(ちぃとニュアンス違うかも)なので、それを補うために用いるわけですね。
……「前に出るとき」の実例として、道場で僕がよく引き合いに出すのが、故アンディ・フグです。
彼、相手によりますが、前に出るときに相生道で言う「レ字備え」、それも両手で「諸手レ字備え」してる映像とか、あります。両手で左右守ってます。(ということは首から下は、がら空き)
いわく「グローブ戦では、頭部への打撃(突き?)以外、ノックアウトはない。蹴りを貰ってアバラが折れようと、それと引き替えに前に出る価値がある」というようなことだったそうで。(原典が手元にないので、ニュアンス。)
それはもうタフな人だったからできる戦法ですし、彼自身「グローブ戦では」という条件をつけた上での見解(※)ですが、非常に興味深いところです。
※KO=ノックアウトは、固い打撃ではほとんど発生せず、グローブなどの柔軟な打突面による脳への衝撃によってこそ生じるようなので(僕自身は打突で意識を飛ばされたことがありませんので)、「一撃で倒れない」ためには「頭部だけを守る」ことになるのでしょう。
加えて、グローブを付けた手で守るとき防御面は広がり、相手の手も巨大化しているので、残った小さな隙間からは打撃技は入り込めないわけです。
そういった二重三重の限定の上での話なので、素拳の攻防では「諸手レ字備え」しながら前に出るのは賢明ではないような気がします。
(相手が超高速のフックを持っていて、頭部ばかり狙う選手であるならば有用だと思います)
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2005-09-04 23:09:36
ついに例のものをゲットするも、それを原因とする痛み二態。 [ ひとりごと ]
さてさて、少し前の話にはなるのですが、ついに例のものをゲットしまして。
前々から「欲しいなぁ」となむつぶやいたりしてはいたので、ご存じの方も多いかとは思いますが「スタンディングバッグ」なるもの。まあアレです。サンドバッグの、吊らなくていいやつです。基部が重くなっていて、自立するタイプの。
これを置いたことによって部屋がいささかならず狭くなったのですが、身近に「突いたり蹴ったりする対象」があるというのはなんとも言えず素敵なものです。(問題発言?)
部屋が狭くなった分は、要らないモノを捨てることによって解決しようかなぁと思案中です。もっとも、それ自体全高180cmぐらいあったりするので、これに匹敵するだけモノを捨てようとすると結構大変ですが。
巨大で邪魔な以外は、手近に器具があるという素敵な状態を堪能。
価格的にそう高いものを選んだわけではないので、いささかならず軟らかすぎるかなぁと思うところもありますが、まあこんなものでしょう。数年ぐらいで壊れてくる気もしますが、そのときはバラバラにしてもいいですし。
じつのところ致命的なことに、基部を重くするものを入れていないので、軽くてこまります。
なぜ未了かというと、当初は水を入れようと思っていたものの、居室に設置しましたので、漏水したときに大騒ぎになるためです。
トレーニング専用の地下室とかだったら問題ないようですが。
で、砂を入れることになったのですが、砂は水よりも入れるのが大変。
……というわけで。(早く入れろよ)←自主ツッコミ。
いまのところ壁際につけて、なんとか運用。
しかしながら、いい気になってガシガシと蹴っておりましたらば、右足で蹴ったときにツマサキで引っかけてしまいまして。
……で、小指の爪が。ぴしりと。
まあ、剥がれたりはせず、血が出ただけですが。 痛ひ。
それから気を取り直して数日ガシガシと。
で、木曜夜。
先日のエントリのとおり、段取りをミスって行けなかったものの、そのあと時間と気力はあったので自宅で気合い入れてガシガシ。
……翌日、なんか左足首が痛いんですよね。
これ、古傷。
もともと、1年次の頃に、道場でサンドバッグやミットをくり返し蹴っていて、軸足の返しが甘かったために、傷めたわけで。
右足首は問題なくて、左足首だけ。
おそらく右足のほうが左足より蹴りが強いことと、左足で蹴るときの軸足=右足は、最初から軸足としての返し方が巧かったのでダメージが蓄積しなかったのだと思います。
で、その後ずぅっと僕を悩ませ続けるわけです。これが。
さりとてここ数ヶ月まったくと言って良いほど症状は無かったわけですが、一気に悪化させてしまった次第。 ゴムマットの上だったので軸足の返しの悪さが復活(?)してしまったのか、あるいは単に蹴りの動作を一定以上続けるとアウトなのか分かりませんが。
さてさて。僕は大怪我は滅多にしませんが、ちょこちょこと細かい不具合は頻繁に。
というわけで(とくに、手遅れにならないうちに、現一年生の方)
軸足は返しましょう。
十年・二十年と祟りますよ。いや本当に。
ついに例のものをゲットするも、それを原因とする痛み二態。 | Permalink | comment(0) | Trackback(0)
2005-09-03 23:24:42
土曜稽古。そして脳にインストール。目指せ2500点。 [ 今日の稽古2005 ]
土曜は最初から稽古参加。
さりとてスタンディングバッグを蹴りまくったせいで左足首の古傷が悪化して痛い状態。なんたること。まあ、一番ひどいときは脚を引きずるのですがそのようなことは一切なく。(痛いまま動いてそのようになることが多かったので、今回は早めにストップした次第)
- 基本鍛錬
↑諸般の事情で(?)足の怪我復活、後半はあまりできず。
- 追いかけ+腹筋運動
- 投げ&受身
- 次級の術技
↑僕は1級のところを担当。
- 演武の稽古(武器etc)
↓それから座学。
- 学科追試の返却。S拳士100点、H拳士92点&99点。
- 術技の本の製作に関する相談。
そのあと有志が焼き肉に出向いた模様。
僕もお誘いいただいたのですが、ちょっと月〜金までの疲労と睡眠不足があったりしまして。
さて学科教本のほうは、2002年に現在のバージョンを冊子の形態でまとめることができました。術技のほうは、仮のバージョンが2000年にできているのですが、「量が多すぎる」等々の問題があって「初段合格者のみに」渡す形にせよとなむ指示を受けて、そのようにしているのが現況です。
しかし前々から、バインダー形式etcで以て配布する計画はあるわけで。
一方僕が、この同じ口で「紙に書いたものをくれ、なんて甘えたことを! 自分で書き留めるのだ!」というようなことを、聞いた覚えのある人もいるかもしれません。言いました。でも矛盾していませんので問題なしです。
実際にどのような発言を、どのような提言に対して返したか、がヒントではあります。
答は敢えて書きませんけれど。
で、通勤時間の30分×往復、合計1時間近くが握力や足腰の「ちょっとした鍛錬orリハビリ時間」に使えることに気づいて少々実践(ちょびっとずつ)やっている僕ですが、ついでに学科の勉強にも使えるじゃないか、と気づいたこの2週間ほどです。
「学科課題を覚えるのはそんなに大変じゃない」と口で言うだけでは説得力がないので、実践してみる次第です。
25本の全文暗記。
目標は2500点ということで。(でもこれは実際、相当に難しそうですね。80点合格として2000点を目標にしようかと)←さっそくココロザシ低空飛行。
いま(2005/9/3)のところ14本を覚えました。行けそうです。
で、唐突に年齢の話をしたまま、間違って話を区切ってしまいましたが、あれは「記憶力のピークといわれる年齢過ぎてるけど、なんとかなりそうじゃん」という話です。
で、これを書いている日曜〜月曜には、15本目に突入。
これまで、必要なときに冊子を参照するやり方というのは、いわば外部記憶に入れておく方法ですね。
たとえるなら、パソコンで利用する百科事典ソフトを、CD-ROMをディスクトレイに入れて利用する、という。
そうすると、CD-ROMドライブが外付けになっているノートパソコンを持ち歩くときとか、不便じゃないですか。
そういうときには、中身を全部、内蔵ハードディスクドライブに入れてしまうわけです。内容のインストール。
……この状態は、極めて便利です。
必要なときに必要なことがらが呼び出せるわけですから。
同時に、範士がカンペを見ないで指導される理由もよく分かりました。
(いままでも分かっていましたけれど、理解度進行ってことで)
手帳をいちいち見ている僕のやり方は、はっきり言ってNGです。
(実際、やんわりと指摘されましたし。ニュアンス違いますけれど)
どうせ五条訓・覚悟訓は脳内にインストールしてるわけですし、術技のリストも“実際の身体の動かし方と結びついた状態で”インストールしてるわけですし。
あと25本ぐらい放り込んで、「自由自在に脳内検索」できる状態にしたら、なかなか快適そうです。
……ただ、「脳にインストール」は、コンピュータと違いますので手間と暇がかかります。加えて僕は若いとはいえ平均的な学業年齢をそれなりに越えてますので、時間がかかったり、あるいはデータの混淆や忘却の危険を常にはらんでいるかなぁ、と考えたりします。
土曜稽古。そして脳にインストール。目指せ2500点。 | Permalink | comment(0) | Trackback(0)
2005-09-01 23:46:57
時間配分ミスって稽古不参加、代わりに十手の話をしてお茶を濁す。 [ 今日の稽古2005 ]
木曜は、仕事が片づかなくて稽古参加できず残念至極、でした。ちぃと計算まちがいしましてね……データがあると思っている箇所を作って次の工程に回そうとしたのですが、よくよく調べたら全く違う箇所だったという。
そのため、
で、仕方がないので(?)、いやいやそのあと手が空いたので南山のサイト(http://nanzan.soseido.org/)の「大辞典」に書いたりした十手術の話、の補足(ネタの使い回しとも言う)とか。
十手術。
時代劇、捕り物でお馴染み。
「十手」。これ、何と読みますか。
僕とかも、ついつい「じゅって」と発音してしまいますし、日本語変換システムによっては「じゅって」でないと変換してくれないものもあります。(最新のMS-IMEならOKの筈)
しかしながら、ここでは「十」の撥音便の発音は「じっ」と読むのが正しいそうで、十手も「じって」なわけです。
まあ現代日本語の状況から言って「じゅって」でも間違いとは言い切れないと思いはするのですが、たとえば「十分」(「じゅうぶん」でなくて「10分」)はパソコンで「じっぷん」と打っても出てきます。
もっとも、天武無闘流は独特の読みをする用語がありますので、一般的な正解が必ずしも正しいとは限らないわけですが。
「十手」は、捕り手10人分の働きをするから十手と名付けられた、と聞いたことがあります。しかしその「じって」という読みからか、「実手術」の表記を用いている流派もあります。(ちなみにWebで「実手術」を検索すると、「じつ - しゅじゅつ」の語彙でたくさんヒットします。実手術時間とか。)
古武道の本とかで見ると、そこに出てくる十手はひどく凶暴な風貌です。テレビの時代劇で出てくる、キラキラしたやつとは随分と違います。おそらく数キログラムはありそうな鉄の棒(に、鉤の部分がついている)。
中には「だから時代劇なんて嘘なんだ」とか「古武術で使う十手は別なんだ」というような本とかテレビ番組とかあったりしますがそれは正確ではないようです。(それはもちろん時代劇には嘘がいっぱいありますが、現代劇にだって嘘は多いんですから)
というのは、街中で持ち歩いている十手は「身分証明書」としての意味合いが強く、緊急用に用いる程度だったようです。あの小さくて可愛らしい十手で刀(打刀、長ドスetc)や棒などを振り回す単体or集団と乱戦に及んだりはしないそうで。
というわけで、「あそこに下手人がいるぞ」と分かって出かけていくような捕り物には、大きくて恐ろしげなほうの十手を携えて行った模様です。また、捕り物のシーンと言えば棒(あれは杖ですかね)や、最近防犯の観点から注目されている「さすまた」もありますが、あれらは普段持ち歩いているワケではありませんしね。
さて、というわけで実戦を基調とする古武道の十手術(有名なところでは、大阪の渋川流など。また、宮本武蔵の父(無二斎)も十手の達人だったとか。)は、必ずと言って良いほど「大きくて重い十手」を使うわけです。
無闘流にも実は十手術があり、この重い十手を用いるそうです。
なんでも、鉤のところ(刀を受ける部分)に指を入れて、クルリと回す動作があるそうで、実戦性はさておきい「やってみたいなぁ」と思ったりします。……本末転倒ですけれど。(汗)
ぶんぶんばり術にも棒の部分を半回転させる動作はあり、逆手に持ち替えて刀を受ける動作であったりするので、それに類するものかもしれません。
昨今、演武会や稽古合宿などで実習されていない最大の理由は「道具が無い」からだそうで、いつかその条件を埋めて、教わってみたいなぁと思っています。(そうしたら「推測」から「実際」に変わりますし。)
十手の発祥については、中国から伝来したという説や、「はなねじ」(でしたっけ?。鼻捻。)という道具から発展したという説などがあるようです。琉球唐手で使う「サイ」も、刀などの武器を想定した道具ですね。
「数キログラム」ではちょっと重量に幅がありすぎますが、また今度調べておきます。
戦国時代においては、刀は鎧に阻まれて必殺の武器たり得ない状況もあり、よって鎧の隙間を狙って刺したりするわけですが、十手術には兜ごと頭蓋を叩き割る技法があったとも聞きます。
(……技法って言えるのか、それ?)
十手は、刀同様に(あるいはそれ以上に)バリエーションが多くあり、兜割をするような十手は特別に重いものだったのかもしれません。
また、無闘流には十手術とは別に鼻捻(はなねじ)術があったとも聞きます。
鼻捻(鼻捩)は、元は馬具の範疇に入るものだそうで、馬は鼻を抑えられると大人しくなるという性質を利用し、馬の治療をする時などに、輪状の鎖のような部位をひっかけて使ったりしたようです。
武術としては、合戦に於いて徒歩の者が馬上の武者を倒すのは困難で、そういうときは馬の鼻面にこの道具で技をかけると、いとも簡単に馬ごと倒すことができたとか。
そのあたりはまたいずれ……
あと、「大辞典」には「賞状」の項に追記訂正しました。
免状のことを「しょうじょう」って呼んでいたりするのを「不思議だなぁ。そういうものかね」とか書いていた(たぶん1年か2年前)のですが、どうやらこれは、漢字で書くと「証状」の模様。なるほど。
時間配分ミスって稽古不参加、代わりに十手の話をしてお茶を濁す。 | Permalink | comment(0) | Trackback(0)
2005-08-30 23:41:32
打ち合わせだけ参加 [ 今日の稽古2005 ]
現在、いまさらながら四輪自動車の免許証を取得すべく自動車学校に通っていたりするわけですが、運転適正検査を前半が終わるまでに受けねばならず、それが
「火曜の晩」
「木曜の晩」
「土曜の午後」
という、スマッシュヒットのような時間にしかやっていないという究極の選択。
じっさいのところ昼間にはほかの曜日にやっているのですが、社会人にはそれは無理です基本的に。
……大学の休講期間とかに行けば良かったなぁと思いもするのですが、しかしそういう時は結構、自動車学校のほうも休みだったりしまして。(あと、ほかの用事とか)
なんといっても火曜木曜土曜は、たとえ10分20分しか取れなくても、稽古のほうを優先しておりますゆえ……
(だから実習は、ほかの曜日にのみ予約を入れています。仕事が忙しくてキャンセル率が非常に高いですが。)
しかし、そうも言っておられないので、今日は例外ということで19:10に自動車学校へ。
結局30分ぐらいで終わったので、そのあと主将にCallしましたらば、バーミヤンで合宿関連の打ち合わせ(?)をやるというので呼ばれて参上つかまつり。
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2005-08-25 23:09:41
(ひといき)瓶切り動画の紹介 [ 佐々木武久師範 ]
「瓶切りに関する諸々のこと(2)」の続き。
合宿の僕なりのまとめ、とか、まだここにupしてないのですが、間が空かないように余談を挟みます。(すでに更新間隔充分あいてますか)
最近のアクセス解析を見てみましたところ、「瓶切り」に関するキィワードで検索して飛んでくるお客さんが結構いらっしゃるようです。
僕の中での「瓶切り見たい見たい症候群」はいちおう一段落しているのですが、同様の条件で探してみたところ、結構いろいろ載っているページが見つかりましたので、ご報告まで。
実録!試割り
http://www.ob2.aitai.ne.jp/~shinji-n/nks.htm
空手の、ですね。ストイックな姿勢で作っておられるページで、「人体に当てる技と、動かない板や瓦を割る事は、全く異なる要素で有る事は事実ですが、空手とは無数の要素で構成される武術だと言えます。 」という冒頭の一文も一本の筋が通っていて、武道的姿勢として参考になります。
末尾のところにも、きっちりとした趣意説明があります。
試割りは空手を表現する為のキーワードの一つであり、 一般の人が空手を評価する場合は、「瓦は何枚割れますか?」と
言うような 会話が多く見られます。これは【空手=試割り】と勘違いしている代表的な例でテレビ番組などでも、割れやすくした
素材を割って見せると言う演出がしばしば見られる為、空手を知らない人にに試割りに関して多くの誤解を与える
結果になっています。 そのような、演出まがいの物と一定の仕切りを入れたいが為に この画像の公開にあたっては、
使用している素材を明確にすると言う事を前提に致しました。
で、ここにも中程に、瓶切りの分解写真や動画があります。
(このサイトの方は、「切る」という言葉を使っていらっしゃいません。理由とかは直接読んでいただくほうが良さそうです)
やはり高速すぎて分解写真では写り切らないようで、実際佐々木師範の「速さではない」というのは「速さだけではない」という意味なのか、と考えてしまいます。
こちらの瓶切り(折り、ですかね)も、瓶の底etcを固定していないので難易度は高いわけですが、それにも増して驚いたのは、入り方です。
普通の試割は、破壊対象の前に
立って、
構えて、
足場を固めて、
幾度か寸止めで動きの軌道を確認し、
それから一撃を加えます。
ところがここでは、「歩いていって、わずかに溜めを作って、切る」
これが本来は、武道的には正しい試割なんですよね。(溜めが見えないともっと凄いのかも)
「打つときに、足場を固める余裕などない。打突の軌道を確認する暇などない。敵が待ってくれるわけはないのだから」
……というようなことを、空手の超大物の方が仰っていたそうです。
だからこの方の試割は、「構えず、いきなり突く」とのこと。(分解写真のみ本で見ました)
先日の動画(Webには載せていません)は左右二度ずつ軌道確認をしているので、そういう意味での武道性は今回紹介した動画の空手師範の方の演武ビデオのほうが上とも言えるかもしれません。ただし手刀打ちと手刀当ての違いと、しかもダブルでやっているので、この資料だけでは単純な比較はできないわけですが。(先日のエントリに書いたように、「当て」で切れる人自体が、ほとんど居ないそうですので比較できません。「打ち」なら不必要な動作かもしれませんし、そもそも次段落に呈するように「敢えてやっている」場合だってありますし。)
ただし、「軌道確認したり気合いを入れたりしたほうが、一般の人向けの演武としては見栄えがするから」という理由で、必要なくとも足場の確認etcをしたりすることは一般的に行われていますので、そういう記録を表面的に見ただけでは、その思想etcは図り得ない、ことを忘れるわけにはいきません。
そもそも、比較すること自体にあまり意味がないかもしれません。
なお、合宿で「縦に切る」のを目撃した先輩によると、「そんなに速くなかった」「気合いとか入れずに、普通にストン、と打ち下ろしただけだった(じつに「武的」と言えます)」とのことで、スピードが重要なのか否かの問題も含めて謎は多いわけです。
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2005-08-15 23:11:51
遅れ馳せながら、合宿おつかれさまでした。 [ 業務連絡 ]
さてさて、遅れ馳せながら、夏季合同合宿2005、大変におつかれさまでありました。
最初は準備関連でドタバタしたりしましたが、最終的にしっかりとまとまった、良い合宿となったと思います。関係者の方々、お疲れ様でした!
で、初日にふらふらと目が回ってしまった僕は僕自身について一番の反省。中長期的な積み上げができていなかったというよりは、そのあといろいろ検証してみると「中短期的に疲労が蓄積しすぎ」といったところが正解のようです。日常改善運動。
さて(もう通過しましたが)合宿終了後の週は「お盆休み」とのことで、
稽古再開は16日から。って明日ですね。火曜日。
疲れを癒したあとは、身体が稽古感覚と技とを忘れぬうちに、それをしっかりと身につけていくべきなのでしょう。
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2005-08-02 04:20:50
更新休止 [ ひとりごと ]
さて、すぎやまです。
ちょっと合宿の準備関連で、脳がパンク状態なので、更新は休止させていただきます。(仕事も今日明日で納品つづきで、明日明後日は引き継ぎを受けねばならない次第)
自分自身、いままでにないハードルを超えねばならないのですが、それへの中長期的対策が万全(短期的には×)だった4年前と比べ、今回は中長期的にも短期的にも対策は出来ていません。大丈夫でしょうか。危険です。
その他、もろもろ、危険だらけです。
更新の再開は、名古屋に戻ってきた後、になるかと思います。おそらく。
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2005-07-22 23:02:35
2005合宿タイムテーブル [ 業務連絡 ]
http://sousei1.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/kikibbs/kikibbs.cgi
の転載なのですが、2005合宿タイムテーブルを自分用メモとして貼っておきます。
一日目
16:00〜集合、掃除、準備
17:00〜18:00ミーティング
19:00〜20:00食事
21:00就寝
二日目
6:00起床
7:00〜食事
8:00〜12:00練習
12:30〜13:30食事
14:00〜18:00練習
19:00〜20:00食事
21:00就寝
三日目
6:00起床
7:00〜食事
8:00〜12:00練習
12:30〜13:30食事
13:30〜筆記試験
14:00〜19:00実技審査
19:00〜20:00食事
20:00〜宴会
四日目
6:00起床
7:00〜食事
8:00〜12:00練習
12:30〜13:30食事
手帳に書き込んでみました。んんん。なんだか学科審査の時間が足りなくなりそうな予感。
宿泊場所はこちら:
ホテル竜王
http://www.h-ryuo.com/index.html
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2005-07-21 23:59:19
無闘流の刀の握り方 [ 訂正事項 ]
えぇと、訂正事項です。多摩美大の部室にあった「持ち出し厳禁」のビデオの中で、佐々木師範が刀の使い方を説明している映像があったのですが、
右手。鍔から指2本くらい余るように、僕は説明していたりしましたが、
そんなに余らせない、のが正解らしいです。
そうか、覚えたときに自分の中で曖昧だったのに、どっかで勘違いしたんだな僕が。
というわけで、「教わった相手によって違う」パターンではなく、今回は僕が悪いです。はい。
……例によって大変申し訳ありません。
もっと鍔に近いところを握る。
……そうすると、手首の使い方を工夫しないといけないわけです。
Now研究中。
※ちなみに刀の握り方というのは、流派によって、まったくと言って良いほど、異なります。
ある流派で「これが正しい!」と言っている握りが、他の流派では「あほかおまえ」と言われるぐらい。
(若干誇張入ってますけれど)
※さらにいうと受身とかも同様で、これについては後日エントリ書きます。たぶん。(多摩美OBのF氏には、土曜の夜中に語りました。「流派」論と併せて。)